育児日記:0か月(新生児) 産褥期編

こんにちは、のももです。

今回は私の産褥期を実家でどう過ごしていたかを紹介したいと思います。

 

 

実家には約1カ月ほど滞在していました。

ちょうど連休であるゴールデンウィークに自宅のある名古屋へ戻ってきました。

2週間検診も1カ月検診も実家から行って、それはそれでまた色々とありましたのでまたの機会に別途記事にしたいと思います。

 

 

 

1日の生活スケジュール

私の両親は短時間ですがまだ仕事をしているので、平日の昼間は母子二人で過ごしていました。

(義両親が、私が産後うつで自殺するぅぅぅ!!!と騒ぎたてた魔の時間帯です笑)

 

息子は0か月(新生児)なので、基本3時間おきに授乳&オムツとねんねの繰り返しですが、私の1日の流れはだいたいこんな感じです。

AM

8:00 起床 朝食

9:30 両親出社

12:00 昼食

PM

13:00 寝たり、アマゾンTV見たり、原稿したり、ちょっと家事したり

16:30 両親帰宅

18:00 夕食

19:00 息子のお風呂(沐浴)

24:00 就寝

あとは夜中に起きてオムツを換えて授乳して寝かしつけるの繰り返し

 

 

ざっとこんな感じです。

顔を洗って歯を磨くくらいで、1日中パジャマで過ごし、食っちゃ寝してました。

合間合間に息子の世話をしていますが、完全なニート状態です。

 

実家はアマゾンプライムに加入しているので、ヒャッホォウ!見放題だぜぃ!と喜んでいたのですが、思ったより観たいものが無くてがっかりでした。

ちょうどFateを見ていたので、続き見よ~と思ったら配信されてネェ!!

早く帰ってネットフリックス見たくなりました笑

(逆にアマゾンでしか配信されてないものもあるんですけどね~)

 

なおこの時期には既に原稿作業に取り掛かってました。

といっても実際にペンを持っていたのはほとんど無くて、エッセイ用の体験談をノートにまとめていただけです。

息子が寝ているときに作業してましたが、この時からすでに抱っこで寝かせたままの作業スタイルが確立されています笑

 

ちなみに休日は両親の出社が無いだけで、基本的には同じスケジュールでの生活です。

 

 

旦那の生活

うちの旦那は産褥期の間自分の実家で過ごしていました。

というのも、旦那はもともと自分の家から会社に通っておりました。

また私たち夫婦の自宅から近い距離にあるのです。

 

ちょうど仕事がかなり忙しい時期のためとても帰宅後に一人で家事が出来るほどの余裕は無い…ということで、ならもうお互い実家に帰りましょう!という決断に至ったのです。

 

旦那は休日のうち1日は自宅に戻り郵便物などの確認、もう1日は息子に会いに私の実家に来るという生活をしていました。

 

ちなみにですが、義両親が来ることはありませんでした。

さすがに県外で嫁の実家へは行きづらかったのかなぁ~、と今に思います。

 

 

心身の状態

体の状態

産後の経過は良好でした。

会陰切開した傷も出産後翌々日には痛みも突っ張りも無くなっていたので、その後の生活に支障はありませんでした。

 

悪露もまだ鮮血だったり、時には大きな塊が出てくるなどして続いていました。

検査では異常無し、子宮の状態良好と言われてました。

しかしそれでもレバーのような拳くらいの塊が出てくるのは心臓に悪いです。

 

 

ただそんな中でも辛かったのが一つ。

自覚症状が無いのに、後で負担が来たのはでした。

家の中を歩くくらいなら問題ないのですが、5分先のコンビニまで歩こうとすると…

後からとてつもなく腰が痛くなりました。

 

普段痛みの自覚症状が全く無いとはいえ、骨盤は出産のダメージでガタガタだったようです。

骨盤ベルトには大変助けられました。

 

もしこれを読んでくださっている方がまだ妊娠中でしたら、ケチらずに骨盤ベルトを準備することを全力でお勧めします。

自分では何ともないと思っていても、体は交通事故に遭ったのと同様のダメージを受けています。

骨盤はゆがんだまま定着してしまうと戻せず、下半身太りや腰痛の基になります。

 

私が普段お世話になっている接骨院の先生曰く、骨盤が最終的に定着するまでに半年かかるので6カ月はベルトをしておいたほうが良いそうです。

また適度に整体などで骨盤のケアをすることがお勧め、とのことです。

 

私はさすがに3ヶ月くらいまでしかベルトをし続けることは出来ませんでしたが、骨盤ケアには今でも定期的に行っています。

 

 

心の状態

産後一番心配なのが、ホルモンの急速なバランス崩壊によるうつと言われています。

私の場合ほとんどうつ状態になることはありませんでした。

(というか、うつ状態になったら義両親の思惑通りになるし、騒ぎ立てるだろうし、義実家で24時間監視するとか言い出すだろうから、意地でも違うと思い込むようにもしてたのもあります笑)

 

確かに金銭面や仕事のことなど将来に対しての不安は今でもありますが、とくにその当時は育児に悩んでいたり、自分を責めたりという感情にはならなかったのですが・・・・

 

 

究極に涙もろくなりました

 

 

夜になって息子と一緒に布団に寝ているとかわいい寝顔を見られて幸せで、親が息子をあやす様子を見て自分もこんな風に育ててもらっていたのかなと思ったりして感慨深くなり、涙が止まらなくなったりしました。

 

また急に子どもが大きくなるころには自分も歳を取り、両親たちもいなくなって…と、考えたら

涙がホロリホロリ

 

いわゆるマザーズブルーズというものがこんな感じでありました。

この涙もろさは今でも健在です。

 

一喜一憂する毎日

当時の日記を読んでみると、こんな風に書いてありました。

 

今日はうんちとおしっこが少なくて心配

今日はたくさんミルク飲んだ

グズって泣きやまない日

疲れたのか長く寝てくれた

 

毎日毎日嬉しいことと不安なことが交互につづってありました。

 

今でも思い出すと、熱が高いと両親に不安をあおられ何度も産婦人科に電話したり、湿疹や目やにが病気じゃないかと不安にさせられたりと、とにかく両親の余計な心配で不安だらけでパニックになっているときもありました。

 

今思うと慣れない育児やホルモンの影響でいたしかたないことなのに、母にヒステリックになるなとめっちゃ叱られるし・・・・

 

あれだけ産後は不安定と言ってるのに無理解なのマジ育児理不尽!

 

とめっちゃ日記に書いてました笑

ほんと産後ってナイーブなの…やさしくしてあげてよぉ…

平静さを保つの、苦しいのよ。

 

毎日が撮影大会の息子の入浴

ウチはリッチェルのふくらませるタイプのベビーバスを使って沐浴をしていました。

 

お風呂の時間になると、毎日風呂場でベビーバスにお湯を入れて、リビングのダイニングテーブルまで大人二人かかりで運んできます。

(水が入ると重く不安定になるので、一人では運ぶのが難しいのです)

そして沐浴剤を入れて温度を測り、息子を裸にしていざ入浴です。

基本的には私が息子の体を洗い、母が手伝い、そしてその様子を父が撮影してます笑

 

これを毎日繰り返すので、お風呂タイムは軽くお祭りです。

 

1カ月検診の後、医師から一緒に入浴の許可が出ました。

その日からは毎日父がお風呂に入れてますw

 

といっても一人ではお風呂に入れられないので、お湯を張ったバスタブに父が息子を抱えて入り、湯船に浸かったまま体を洗います。

バスタブをまるで巨大なベビーバス代わりにして沐浴のようにして入れていました。

この時も毎日撮影をしていて、その役割は母でした。

 

 

お風呂タイムが1日の中で最も疲れるイベントでした…

 

 

あっという間の産褥期終了

そんなこんなで毎日があっという間に過ぎていきました。

明日からしばらく会えなくなるかと思うと、さみしくて涙が止まらない父なのでした。

 

 

オムツにミルクにお洋服にと、帰る頃には荷物がいっぱい汗

旦那には車で迎えに来てもらい、案の定道中ギャン泣きされつつも無事に帰宅しました。

 

帰宅後は自宅に義両親が待ち構えていて、寝ている間に少しだけ任せて簡単な片付けや買い物など済ませました。

 

 

そんなこんなで、翌日からようやく親子3人での生活が始まるのです。

 

 

 

 

こうして振り返ると、色々ありましたなぁ~

次回は検診のことをつづりたいと思います。